ノウハウ

コロナ渦における新聞等紙媒体のテレワークの現場

最近の新聞を見て、なにかお感じにならないでしょうか。人を掘り下げて書かれたインタビュー記事が少ないと思いませんか。新聞記者は元々、いわゆるテレワーク=在宅勤務とは、微妙に違った形のテレワークをしています。

まず記事にしたい情報を集める。精査して、取材先にアポイントを取る。取材に出向く。記事を書く(それを本局に送ってしまえば、内勤のデスクや校正などの部署を経て、印刷直前に最終稿に手を入れる担当がいて、刷られます)。

簡単な仕事の流れはこういった感じです。上司や同僚に相談することもありますが、地方支局の記者は、すべてを一人で行っています。地方局の記者になるという時点でもうテレワークなのです。

ただ、支局というのも、事件や交通事故など警察にも取材に行く報道と呼ばれる部署の記者と、現地採用の「その土地だからわかるネタ」を書く記者といて、同じ支局の中に所属することもあれば、支局が二つ三つあったりもします。

記者は、原稿を支局のデスクで書かなければならないという規則はほぼなくて、自宅で書いてもいいし、取材が終わった後にすぐにもよりの喫茶店で原稿を打っている記者もいます。

新型コロナで取材が出来ない

しかし、新型コロナの影響で、書ける内容が変わりました。例えば、患者が出たということは、自由に書くものではなく、県や市の公表を待って書かなければなりません。そこには個人情報や人権などが存在するからです。

職業や勤務先も公表され、その人が特定されても、補足情報を追加で書くことはできません。

よくドラマで殺人犯の家に、石が投げ込まれたり、落書きがされたりして、加害者家族がとても生きづらくなっていっても、記事としてその家族を守ることはしません。守ることによって、なお一層の嫌がらせが増すからです。

今回の新型コロナに関しての記事も、ほとんどが行政発表をそのまま記事にしています。だから、どの新聞を読んでも同じなのです。

取材をするとは、人と密になること

新聞は新型コロナのことばかりが掲載されているのではありません。新聞媒体として、三大紙と呼ばれるもの、その県で多く読まれるもの、そして、ローカル紙と呼ばれる地域に密着した4面から8面構成でできている新聞があります。

三大紙や地方紙には、政治欄や経済欄、家庭欄や県版など、コロナ渦で情報が少ないと言われてもなんとか埋める記事があります。しかし、ローカル紙では、その地域のことをメインに書くため、今、書くべきネタがないのです。

冒頭にも述べましたが、人を掘り下げるインタビュー記事は、取材ができません。この時期に叙勲など毎年紙面を埋めるはずのネタがありました。しかし、例年だとお宅までお伺いして取材をするのですが、コロナ渦では、それができません。

初見になる記者と取材対象者とは、信頼関係がありません(なんの感情もないというか、道をすれ違った人的感覚)。どちらかがすでに罹患していて表面に出ていない状態ということも十分に考えられますから、簡単にアポイントをとることは、とても危険なことになります。

筆者の街のローカル紙でも、通常なら、1日に2人程度の紹介記事「叙勲、おめでとう」が2週間ほど掲載されてくるはずだったのですが、4人にとどまりました。これは、マスクをとった証明写真がすでにあって、それを提供してもらい、電話取材で記事を構成したと考えられます。

その時期にとりあげるべき行事が、中止になる

その他に、卒業式、入学式、運動会は、学校が休業のために掲載できませんでした。写真なしで、開校延期の記事が延々と続いていきます。ただ、市町村でフライング的に登校日をもうけたりすると、小規模校に限り掲載されていました。

また、春や初夏の花をフューチャーしたお祭りも、見学者が集まると密になるということで、中止になってしまいました。本来開催されていれば、主催者の声や参加者の声など、人間インタビューも掲載されるのにです。

結局、お祭りが中止となっても、花が咲いていると見学に集まる人たちがいるということで、盛りのうちに根こそぎ刈り取られた無残な写真は掲載されました。トラクターや花の残骸が乗せられたトラックを望遠で撮れば可能だったからです。

新聞は、イベントを開催します→明日、開催→開催されました→そこで募った募金を市に寄付しましたとかとか、イベントをネタに最低4つの記事で埋めることが出来ます。それができない。

今の新聞には、写真が必要

新聞はそもそも、活字だけの媒体でした。時代が移ろい、写真と記事のコントラストで、読まなくても、今何が起こっているのか、見ればわかるようになってきました。また、活字だけの誌面にすることもできますが、写真がないものは、本当に味気ないものになるのです。

そこで、テレワーカーの記者たちが考え出したのは、桜や梅、桃、菜の花などを、足で歩いて、民家の軒先にいい感じの写真になると思えるものを取材し始めたのです。植物ならば、お互いに罹患することもありません。

塀越しやインターホン越しに、取材許可をもらい、その花たちの成り立ちを簡単に聞きます。あくまでも、所在地が特定されないような文章で、第三者が見物に行くことを防ぎます。今回の新型コロナでは、記者自体が足で記事を探してくるという原点に立ち戻ったとも言えます。

マスク寄贈の記事の増殖

GWが開けて、紙面の写真にも多少の変化が見られました。中国の武漢肺炎が終息期に入り、マスクの再生産が始まったことです。店頭にも、1月よりは高いですけれど、マスクがちらほら見かけるようになりました。

ドラックストアで、7枚で499円、スーパーでは50枚で1300円。1月末日で、100円ショップで30枚だったので、まだまだ高いです。しかし、個人輸入だと1万枚で1万円ほど(箱はなし)輸入できたりもしています。販売ルートが確立すれば、平時に戻るのはもう少しかもしれません。

そうした状況から鑑みて、いろんな会社が「万枚」の単位で行政や福祉協議会にマスクの寄贈を始めたのです。毎日、市長や副市長が、それを受け取っている写真が掲載されてきます。

最初のうちは、医療関係者に配布しますという記事だったのですが、各戸2枚のはずであるアベノマスクを保育園児(とケアマネが担当している高齢者)は、もう1枚配布されています。なので、保育園児以上の幼稚園児に配りますとなりました。

今では、市民全員に1枚ずつ配布しても可能ではないだろうかくらいの枚数が寄贈されています。ただ、どこから持ってきたマスクか、マスクの出どころまでおいかける記事はありません。

店頭に並ばないのに、企業や個人が万単位で手に入ることは、ちょっと考えてもおかしいことであり、充分記事になると思われるのですが。新聞も、また広告売り上げが必要な商売だからです。

一時は、数回にわけて、マスクの型紙を掲載していた新聞もあります。その前後に、簡単な作り方を書けば、短い記事で1面が埋まります。

よほど記事がない時は、「この方はだれだろう」という高名過ぎない作家やエッセイストのエッセイで埋める場合もあれば、ハローワーク情報で、空欄を阻止しています。また、見出しを大きくとる。写真が撮れた場合は、写真を引き伸ばして紙面を埋めます。

新聞は、進化するのか、このままなのか

元々、人に会って取材することがメインの仕事のテレワーカー新聞記者たちは、このような非常時における記事の書き方を模索しています。

あくまでも、トップの判断ですが、記事が埋まらない場合は総枚数を少なくするという手法もあります~年末年始、GW、お盆は、紙面が少ないです。これは記者も休みを取って記事が少ないためです。折り込み広告も少ないはずです。是非ご確認してみてください。

新聞だからこそ、ワイドショーなどには負けない記事が書ける。新聞だからこそ、鋭く切り込める内容もある。横並びの記事ならば、新聞会社は一つあればいい。けれど、取材に応じてくれる「人」あってこそ、新聞は社独自の主張をしているのです。

テレワークしながら、新聞を1面からテレビ面まで、熟読してみませんか。もし、古い新聞があって読み比べしたら、今の記事の書き方、割付の仕方が違うことがわかります。

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